
1940年3月13日、札幌で次女として誕生。姉と義弟を含めた3人兄弟でした。幼いころに母親を病気で亡くし、その後、父親が再婚しましたが間もなく他界。その後は義理の母に育てられました。幼少期から、札幌に嫁いだ姉を母親のように頼りにして過ごしたそうです。
実家は和菓子屋を営んでおり、若いころは住み込みの和菓子職人たちの食事を作るなど、忙しい日々を送っていました。その後、旭川出身の霜山義幸とお見合い結婚をし、旭川に移住。1965年に長男「幸継」、1973年に長女「湯可」を出産しました。身を粉にして働きながら、二人の子どもを懸命に育て上げました。
お金は十分ではなかったものの、持ち前の明るさと優しさで周囲の人々に尽くし、多くの人に愛されました。料理が得意で、ご近所や親せきに料理を振る舞うのが好きでした。得意料理の「混ぜご飯」や「ちらし寿司」は特に評判が良く、喜ばれていました。
孫ができると家中に孫の写真を飾り、よく面倒を見てくれました。「孫が結婚するまで生きていたい」と話していましたが、2016年に癌を患い、入院。わずか2か月後に旅立ちました。


年忌表




